The Secret Day
誕生日プレゼントにピンクダイヤが欲しいと不二子がねだりに現れたのは、春まだ浅き、3月2日のことだった。 滅多に国を出ない某国の王女が来週パリを訪問する時に、その秘蔵のダイヤも持参するのだという。 宝石に目のない彼女がこのチャンスを見逃すはずがなかった。 「いいでしょ、ルパン」 「それはいいけど、不二子チャン、誕生日が年に何回あるわけ?」 甘い蜜を滴らせんばかりの女の体が膝に乗り上げてくるのに、目を細めながらルパンはぼやいた。 「女の年を聞くなんて野暮だこと」 「いや、トシじゃなくてね……ま、いいけど。でもどうせプレゼントするなら冷たいダイヤなんかより、俺の熱〜いベーゼの方が」 「それはいつでも貰えるけど、あのダイヤは今回限りなのよ、ルパン!」 「はん」 紫煙と共に悪態を吐いたのは、ソファに寝そべったままの次元だった。 「何よ、次元?」 「いつでも貰えるけど、なんて思ってると、いつ失くしちまうかわからないぜ、お嬢ちゃん?」 意地の悪い言葉に、不二子は目をつり上げた。ついで、ルパンにしなだれかかる。 「あなたが私を捨てるなんてありっこないわよね、ルパン?」 「もっちろん」 鼻の下を伸ばして、怪盗の指が不二子の剥き出しの肩を滑る。 「俺は不二子チャンのためならたとえ火の中水の中」 「本当の誕生日も教えちゃくれない女のために、よくやるな」 次元が今度は相棒を揶揄する。 「知らないフリをしてやるのも男の優しさってもんだぜ、次元?」 気取ったウインクを返したルパンに、膝の上の不二子が悲鳴を上げた。 「ちょっと、何を知ってるのよ、ルパン!?」 「俺は不二子チャンのことならな〜んでも知ってるのよ?」 「ちゃかさないで」 ビーナスもかくやという豊満なラインをなぞろうとする男の手を、赤いマニキュアで武装した指が抓りあげる。 「言いなさいよ、ルパン」 「なんにも」 ルパンは抓られた手をひらひらと振って、膝の上の女を見つめた。 唇にきざまれる、傲慢な笑み。 「俺はなんにも知らないぜ、不二子? お前が、俺を知らないみたいにな」 「それは厭味が過ぎるってもんだぜ、ルパン」 次元が新しい煙草に火をつけながら口を挟む。 「その女が本当に何も知らないことくらい、お前がいちばんよく知ってるだろうに」 本当に、何も、のところをわざわざ強調する次元を、不二子が睨んだ。瞳に炎が踊っている。 甘い顔でしなだれかかっているときよりもよほど美人だと、一瞬次元は感嘆した。 「まるであなたは知っているみたいな口振りね、次元?」 だがその言葉には、次元は帽子を少し上げてみせただけだ。 それがなおさら癇に障ったのだろう、不二子は柳眉をつり上げた。 「何とか言ってやってよ、ルパン!」 「そんなこと言ったってなあ?」 ルパンが苦笑して頬を掻く。 意味ありげに次元と見交わした視線が、ますます不二子を激昂させた。 「あなたの誕生日はいつなのよ?」 「へ? 俺?」 突然の逆襲にルパンは目をぱちくりさせた。 「そう、あなたのよ」 「俺は年齢不明、国籍不明、謎だらけの男ってのがウリだぜ、不二子チャン?」 「でもあなたにだって誕生日くらいはあるんでしょ。木の股から生まれてきたわけじゃあるまいし」 「木の股って、そんな、人を悪魔みたいに」 「似たようなものよ」 「違いねえ」 不二子の言葉に、次元がくっくっと笑って同意した。 「次元までそういうことを言う?」 情けない顔で相棒を見るルパンの顔を両手で挟んで、不二子はぐいと自分の方を向かせた。 「ごまかそうたってダメよ。さあ、教えて。あなたの誕生日は?」 「うーんと、ええーと」 「何よ、あたしには教えられないっていうの?」 「そういうわけじゃないけどさ」 ルパンは苦笑して、女の栗色の瞳を見つめた。 「聞いたらたぶん不二子チャン、困るんじゃないかなーって思ってさ」 「どうしてよ?」 訝しむ不二子に、代わって答えたのは次元だった。 「ルパンの誕生日を聞いちまったら、お前さんだってプレゼントを贈らなきゃならなくなるだろう? ピンクダイヤに負けないような、凄い奴をさ」 ぴた、と不二子が固まった。ルパンの膝の上、悩んでいるのが手に取るようにわかる。 だがルパンの余裕の目と、次元のそら見たことかと言わんばかりの態度に、とうとう我慢できなくなったようだった。 「……いいわ、それでも! 次元が知ってるのにあたしが知らないなんて癪だもの」 いつもの甘い笑顔ではなく、ほとんど首を絞めんばかりの勢いでルパンに詰め寄る。 「教えて、ルパン!」 「不二子チャンも負けず嫌いだよねえ。ま、そういうところも好きなんだけど?」 「お世辞ははいいから」 早く、とせかされ、ルパンはハイハイ、とため息をついた。 「明日だよ」 さらりと答えられ、不二子が絶句する。 「あし……た……?」 「そ、明日。3月3日。ゾロ目ってとこが俺様らしいでしょ?」 「……で、どうするんだ、不二子? ピンクダイヤに負けないプレゼントとやらは」 次元がにやにやと笑う。 「そ……そんなの、急に用意できるわけないでしょ! こんな突然言わなくたって」 「言えって言ったのは不二子チャンでしょうに」 「だな」 「本当の本当に明日なの!? ピンクダイヤを盗むのが嫌で、嘘ついてるんじゃないでしょうね?」 「俺様の愛を疑っちゃうわけ? ひどいな、不二子チャンが聞いたから教えてあげたのに」 「確かに、聞いたのは不二子だな」 「……もう! わかったわよ! 絶対、明日……は無理かもしれないけど、来週までにはすごいプレゼントを用意してみせるから!」 不二子がきっと立ち上がる。 突然膝から消えたお宝に、あらら、とルパンは不二子を見上げた。 「不二子チャン、続きは〜?」 「プレゼントが見つかったらね!」 憤然と不二子は宣言すると、足音も高く部屋を出て行った。 バン!と家が揺れそうな勢いで扉が閉まる。 不二子のスポーツカーのエンジンが遠ざかるまで、二人は黙ったままだった。 「……お前も人が悪いな、ルパン」 これ以上吸えないほど短くなった煙草を灰皿に押し付け、ようやく次元が口を開く。 「もともとこの話、断わる気だったんだろ?」 「お姫様の大事なモノを盗むってのは、ちょっっと俺の流儀に反するんだよねえ」 ルパンは肩を竦めた。 「誕生日なんて話になったから、利用させてもらったけど」 「だがもしあの女が、ピンクダイヤに負けないようなお宝を用意してきたらどうする?」 あの強欲な女がそんなものを他人にくれてやるとは思えないが、と付け加える。 「不二子チャンはそう気前が悪くもないんだぜ?」 ルパンは悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「もしそうなったら、お望みどおりピンクダイヤを盗んでやるさ。俺は、約束は守るんだ」 「……ま、仕方ないな」 不二子が持ち込んでくる仕事には珍しく、ギブアンドテイクということになるだろう。両方持ち逃げされなければ、の話だが。 「さーて、不二子チャンにはフられちゃったし、別のデートの相手でも探しに行こっかな」 ルパンが立ち上がり、ソファに寝そべったままの次元を見下ろす。 「お前は?」 「俺はけっこう」 予想どおりの台詞に、ルパンは少し笑う。 通り過ぎ様、それがデートの誘いだなどと気づかない鈍い男の帽子の端を持ち上げて、その唇に軽いキスを落とした。 次元が手を伸ばして引き寄せようとした時には、怪盗はするりと猫のように離れている。 小さく舌打ちして、部屋を出て行こうとするその背中に次元は声をかけた。 「だが結局、あの女に本当の誕生日を教えてやる気はねえんだろう? お前の誕生日は、本当は……だもんな」 次元が口にした日付に、ルパンは振り返った。 それはそれは、吃驚した顔で。 「……え? 俺、お前に話してなかったっけ?」 「何をだよ!?」 次元がソファから飛び起きる。 「何でもないって!」 ルパンはにやりと笑うと、ジャケットの裾を翻して駆け出した。 「おい!」 慌てて後を追おうとしたときには、ベンツSSKのエンジンが咆哮している。 次元は一瞬、窓から車のタイヤにマグナムを向けたが、大きくため息をついて銃を下ろした。 「……ったく」 どこまで人を振り回せば気がすむのやら。 さっきの言葉も、嘘か本気か、次元にはどうにも判別がつきかねる。 「お前にとっちゃ、俺も不二子も同じだってことか?」 不二子に投げつけた言葉のひとつひとつが、自分に跳ね返ってくるようで。 これはあまり彼女を苛めるなというルパンのメッセージか、それとも。 ―――自分は本当に、何も知らないのか。 「振り回されてばかりだぜ、まったく」 そんな人間がこの世に生まれた日を、本当に祝う必要があるのかどうか。 そう思ってしまうのも確かなのだが。 ―――帰ってきたら、白状するまで寝かさねえ。 新しい煙草に火を点けながら、次元はベンツSSKの消えた方向を睨みつけた。 |
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*突発、ルパン誕生日SS編でございます♪ クリカンさんのお誕生日が3月3日だと言うので、小林さんの時もやりましたから、ええ、急いで(笑)。 でもルパンは1代目が山田さんだし、ウチのルパンは実は初夏生まれらしいので(次回シリーズ部屋に掲載)、「本当の誕生日は?」って形にしてみました。なんかルパンらしいかなーと思いまして。 個人的にラスト、次元の「何をだよ!?」が自分で書いててすごい笑いました。や、大変だな次元(笑)。 最後は無理やり次ルにしてみました。やっぱり一応♪ でも結局はルパンにはぐらかされそうなんでうすけどね(笑)。 |