The Gift of the Magi

「死んだ?」
 聖夜だというのにクリスマスの飾りひとつない薄暗い銃砲店のカウンターで、次元大介は思わず帽子の鍔を上げた。
「エリックがか」
「ああ」
 がっしりした体格の主人が、わずかに目を伏せる。
「誰に殺られた?」
 鋭くなった次元の目が、主人の次の言葉に見開かれた。
「メリルの情夫だ」
「メリル!? そんな馬鹿な」
「あんたはそう思うだろうな。何しろ、エリックとメリルを結婚させてやったのはあんたのようなもんだ」
 主人が苦々しげに呟いた。
「だが事実だ。メリルは他に男を作り、そいつと一緒になりたがった。だがエリックが承知しないもんだから、エリックを誘き出してそいつに殺らせたのさ」
「……」
 次元がぎり、と唇を噛む。
「あんたにとっちゃエリックは弟分みたいなもんだったからな」
 主人は同情するように次元を見た。
「だがメリルもその男も、もう組織に始末されちまったよ。エリックはメリルにも内緒で組織の殺し屋になってたんだ」
「馬鹿な」
 次元は今度こそ愕然とした。
「エリックは、足を洗うと……」
「そんな簡単にぬけられるもんじゃないさ、この世界」
 主人は首を横に振る。
「あんただって殺し屋は辞めたとはいえ、裏の世界の住人には違いあるまい?」
「……ああ」
 次元の帽子の下を見透かすように、主人はじっと次元を見詰めた。
「だが少なくともあんたはいい方に転がったようだな。前よりいい顔をしてる」
「そうかい」
 それだけ言って、調整の終わったコンバットマグナムを受け取る。
 長年連れ添った相棒が、そのときばかりはやけに重かった。


「お帰り、次元チャン」
 これまた聖夜だというのに女にフラれ、ソファに寝そべって恋愛映画など見ていたらしい男が、ドアの開く音にひょいと顔を上げる。
「ああ」
 口の端で答えて、次元はさっさと奥の部屋へ消えようとしたが。
「……ルパン?」
 寝転がったままの男にジャケットの裾を掴まれて、否応なく立ち止まる。
 ルパンは眉を顰めて、次元を見上げた。
「なんかあったのか?」
「別に」
 素っ気無い答えに、ルパンは苦笑してソファに起き上がった。
 その間もしっかり、ジャケットの裾は掴んだままだ。
 唇をひん曲げたままの男を見上げて、ルパンはぽんぽんと自分の隣のクッションを叩いた。
「ま、座れや」
「…………」
 次元は無言のまま、どっかりとソファに腰を下ろした。
 反動でルパンの体が弾む。
 そのめちゃくちゃに不機嫌そうな顔を、ルパンは横目で見やった。
「…………」
 ふたりとも、それきり口を開かない。
 電球の黄色い光が妙に白々しい部屋に、映画のヒロインの声だけが響いている。
「…………神様だって二人を引き離すことなんかできないわ、だとよ」
 ふいにぼそり、と次元が口を開いた。
「え?」
「今の台詞だよ」
 次元が顎をしゃっくて旧型のテレビを示す。
「虫も殺さない顔をして、実際裏切らない女がいたらお目にかかってみたいもんだ」
「……フラれたのか」
「てめえと一緒にすんな!」
 耳元で怒鳴られて、ルパンは思わず両手で耳を塞いだ。
「そんな怒んなよ、冗談だろ」
「ふん」
 どっかりとテーブルに足を投げ出した男は、そっぽを向いて呟いた。
「……昔、少しばかり面倒見てやった男が死んだのさ。教会で愛を誓った女に裏切られてな」
 ルパンが思わず次元を見つめ返すのに、深く帽子の鍔を引き下げる。
「ただ、それだけだ」
 また、二人の間に沈黙が落ちた。
 次元は煙草をくわえ、ルパンの差し出したライターで火を点けた。
 ブラウン管では相変わらず、金髪のヒロインが愛を貫こうと声を張り上げている。
 しばらくして、ルパンはリモコンを手に取るとテレビのスイッチを切った。
 次元の横顔を見つめ、口を開く。
「神様はいないと思うか?」
「さあどうかな」
 次元は煙草を灰皿に押し付け、捻り潰した。
「だが愛し合うふたりとやらが別れちまうのは、別に神様がいないからじゃない。離れていくのは、いつだって人間の方なのさ」
 ルパンはそう言う次元の横顔を、じっと見つめていたが。
「そんな顔するなよ、次元」
「あ?」
 不思議そうに見返した次元の顔を両手で挟み込んで引き寄せる。
 急に近づいた黒曜石の瞳に、次元は息を呑んだ。
「お前のそんな顔を見ると、俺はいつも、何でもしてやりたいって気になっちまうんだ。俺の持てる全部差し出したって、そんな顔はさせたくないってな」
「なん……」
 問い返す間もなく、唇をやわらかなもので塞がれた。
 呆気に取られている次元に、ルパンがくすくす笑う。
「全く、お前にあっちゃこのルパン様もかたなしだ。ガキの頃から、俺がワガママ言ってきかないときは、世話役の連中、必ずお前を呼び出しただろ?」
「ああ……そういや」
 少年時代、帝国の後継者であり類稀な頭脳を持ったルパンはエキセントリックな少年でもあって、ずいぶん世話役たちを困らせていたものだ。
 そしてどうしてもルパンが我を曲げないとなったら、彼らはいつも次元に泣きついてきた。
 しかし次元としてもそんなことを言われてもまったくどうしようもなく、「皆を困らせるなよ」と言うしかなかったのだが、なぜかルパンは次元のその顔を見るたび、ため息をつきながら折れてくれた。
「お前いま、あのときと同じ顔してるぜ?」
「え?」
「自分より、他人の痛みの方がお前には辛いんだよ、昔っから」
 ルパンの目がひどくやさしい。
「そして俺はそんなお前を見てるのが我慢ならないときたもんだ」
「ル……」
 何事か言おうとした唇を、またルパンのそれが塞いだ。
 首に手を廻して次元の体を引き寄せ、背中からソファに倒れこむ。
「いいのか? クリスマスだってのにまだワインも開けてないんだぜ」
 覆い被さりながら聞く次元の帽子を取り上げて、ルパンは笑った。
「言っただろ、何でもしてやりたくなるって」
「何でも?」
「ああ、何でも」
「……じゃあひとつだけお願いだ、ルパン」
 その唇に口付けながら次元は囁いた。
「何だよ」
「離れないでくれ」
「…………」
 真剣な眼差しで告げられた言葉に、ルパンが声を失くす。
「神様に誓ってくれなんて言わねえよ。だがお前の言葉なら、俺は信じる。だから、離れないと言ってくれ」
 嘘でもいいから、と。
 哀しい目で囁く男に、ルパンは手を伸ばしてそっと口付けた。
「……離れやしねえよ、次元。もう二度とな」
 次元は泣き笑いのような顔で、ルパンを抱きしめた。
 きっと自分は地獄に落ちるだろう。
 この聖夜に。
 神様に誓うより確かだぜ、と笑う男が自分の神だなどとは。
 だがそれでも、他に望むものなどありはしないのだ。

「……ありがとよ、ルパン。最高の贈り物だ」

 たとえそれが、本当は決して手にすることのできない贈り物だとしても。
 次元は胸の内で小さく呟いて、彼だけの賢者を抱きしめた。

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*クリスマスネタ。やっぱこれは外せないだろうと!!
にしちゃ暗いんだかラブラブなんだかよくわからん話になってしまいました。
エリックだのなんだのはただの話のつなぎなので気にしないでください。
おそらく不二子チャンはまたどっかの金持ちを引っ掛け、五右エ門は異教の祭りなど興味はないと修行に出たんでしょう。二人っきりのクリスマスー♪