夏が来た

 東京の夏は蒸し暑い。クーラーなしで過ごすのはかなり至難の技だ。
 犬を飼っている神志名としては自分の留守中に犬が熱中症になったりしないよう色々工夫しているのだが、やはり犬はバテていた。
 主が帰ってクーラーが入れられると、やれやれといった風情で冷たくなったフローリングの床にぐったりと寝そべっている。
 それはいい。いいのだが。
「……なんでお前まで同じことをやってる?」
「あー……ウチ、クーラーないんだよ……」
 犬の隣で同じような姿勢で転がっている、クロサギが1羽。
「クーラーくらい買えばいいだろう」
 金は十分持っているはずだ。
「クーラーなんて贅沢品、大家だけつけるのも気が引けてさ……」
 ぐったりと床に突っ伏したまま黒崎が呟く。
 確かにあのボロアパートにクーラーをつける余裕のある店子はいそうにないが。
「お前はともかく、猫が可哀想だろ」
「俺はともかくってなんだよ」
 黒崎がやはり動かないまま文句をつける。
「あいつならちゃんと涼しい所を見つけて避難してるって」
「猫の方がかしこいな」
 言いながら神志名は冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出した。
「なんで猫だけ誉めるかな」
 恨めしそうに黒崎が呟く。
「俺だって避難してるだろ」
「勝手に人の家を避難所にするな」
 神志名は黒崎の隣に腰を下ろし、缶ビールのプルトップを開けて勢いよく呷ると、ふと思いついて濡れた缶を黒崎の頬にくっつけた。
「冷てっ」
「飲むか?」
「んー……」
 甘いもの好きの黒崎はアルコール類はあまり飲まない。
「じゃひとくちだけ」
 というから起き上がるかと思いきや、寝転がったまま、悪戯めいた目で神志名を見上げている。
「――――――」
 神志名はため息をついてビールを口に含むと、黒崎の上に覆い被さって口付けた。
「ん……」
 神志名の背中に両手を回して引き寄せながら、黒崎が流し込まれるビールを少しずつ飲み下す。
 唇の端からこぼれた分が喉を伝って、ひんやりとした感触を残した。
 神志名の唇がそれを追って舌で舐め取る。
「アンタ……キス、上手いよな」
「誰と比べてる?」
 神志名の手がシャツの下に潜り込んで、黒崎の体がびくりと跳ねた。
「あ……っ、誰……ってこと、ないけど……」
「本当か?」
「比べるほど、知らな……って」
 弱いところをくすぐる指先に、思わず甘い声が漏れたとき。
「わふ」
 すぐ隣に転がっていた犬が、やってられないよ、というように鳴いて起き上がった。
 ぎくりと硬直するふたりに呆れたような視線を投げ、とことこと反対の隅へ移動する。
 そしてぱたりと同じ姿勢で横たわった。
「……暑かったのかな」
「……たぶんな」
 なんとなく二人して呟く。
 それから神志名がふと気づいたように見下ろした。
「猫も夏はくっつかれるのを嫌がるもんじゃないか?」
「まあ、そうだけど」
 何を今更、と黒崎はちょっと笑いながら神志名を抱き寄せた。
「俺は猫じゃなく、クロサギだからね……」



*部屋のクーラーが壊れて死にそうなときに思いついた話……。
黒崎のアパートって実際クーラーなさそうじゃないですか(笑)?
少なくとも氷柱ちゃんにはそんなお金はなさそうだ……。
あと黒崎は暑いの苦手そうです。せめて黒い服着るのやめればいいのに(笑)。


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