SWEET

 神志名は少しうんざりした顔で、差し向かいでパフェだのケーキだの甘いものを詰め込んでいる男を見やった。
 幾ら童顔で下手したら高校生で通るとはいえ、実際はハタチを過ぎた男がこんなに甘いもの好きというのも珍しい。
 煙草吸いの神志名から見たら不気味ですらある。
「なあこのショートケーキ追加していい?」
「好きにしろ」
 上機嫌で顔を上げた黒崎は、そこでようやく顔を顰めた神志名に気づいたらしい。
「アンタいっつも眉間に皺寄せてるのな。たまには糖分でもとれば?」
 あーん、などとパフェのアイスクリームをすくったスプーンを差し出されて、ふん、とそっぽを向く。
「いらん」
「ま、アンタ辛党だもんな」
 黒崎が肩を竦めた。その仕草に何となくむっとする。
「それほどじゃないが、目の前でそれだけ甘いものばかり食われたら煙草が不味くなる」
「逆もしかりだろ」
「何?」
「煙草の煙吸いながらじゃ甘いものも不味くなるってこと」
「ならひとりで食え」
 ぶっつりキれて立ち上がると「うわタンマ!」と声がかかった。
「何だ?」
「急いで食っちまうから、ちょっと待てよ」
 慌ててパフェをかきこもうとした黒崎だが、途端にむせだした。
「馬鹿、大丈夫か?」
 差し出された水を飲み干した黒崎は「あー死ぬかと思った」と息を吐いた。
「そんな急いで詰め込むからだ」
「だってあんたが出るって言うから……」
「支払いか?」
 別に黒崎は貧乏なわけではないが、ふたりで会って食事するときはなんとなく神志名が代金を持つようになっている。
 食事といっても黒崎は大抵甘いものばかりなのだが。
「むかつくが呼び出したのはこっちだからな、払ってくからあとはひとりで……」
「ひとりでメシを食うのは嫌なんだよ」
 意外な言葉を聞いて、神志名は目の前の黒崎を見つめた。
 その視線に気づいた黒崎がちょっと顔を赤らめる。
「何だよ……目立つから座れよ」
「あ、ああ」
 言われてようやくファミレスの客たちの注目を浴びていることに気づく。
 もとどおり向かいの席に座って黒崎を見つめると、黒崎は目をそらして言いづらそうに答えた。
「ひとりでメシを食うのは嫌なんだよ。だけどカモと食事する時は甘いものなんか頼めないし……依頼人と会う時くらいがせいぜいだけど、そんなことあんまりないしさ」
 だからあんたと会った時はつい甘いものばっか頼んじまう、と言い訳するように呟く。
「だけどひとりの食事が嫌って……おまえ一人暮らしだろう」
「ちゃんとした食事を一人でするのが嫌なんだよ」
 そういえばこいつの部屋にはいつもコンビニ弁当のケースが転がっていた。
 あれは単に料理ができないせいだと思っていたが。
「…………」
 神志名は新しい煙草に火をつけ、居心地の悪そうな黒崎をじっと見つめながら盛大に煙を吐き出した。
「…………」
 少しばかりむせながら、黒崎はだが黙っている。
 神志名はもう一度煙を吐き出すと、顎でテーブルの上を示した。
「まだ残ってるだろ、落ち着いて食えよ」
 途端にぱっと黒崎の顔が輝く。
 こういうところは、本当にガキだな―――と神志名はその顔を見て思った。
 このガキと、なんでこうなったのやら。
 ため息をついて、まだろくに吸っていない煙草を灰皿に押し付けた。
「―――吸わないの?」
「メシが不味くなるんだろ」
 黒崎は目をパチパチと瞬いた。
 パフェを口元に運ぶ手を止めて、代わりにコーヒーに手を伸ばした神志名をじっと見つめる。
「あんたさ―――」
「何だ?」
「さっき、ホントに帰る気だったのか?」
「ああ」
「まだヤってないのに?」
 神志名は盛大にコーヒーを吹き出した。
「うわきったねえな!」
「やかましい!」
 そなえつけのナプキンをケースごと投げつける。
 実際この詐欺師のガキとなぜこんな関係になったのか―――何度自問しても、答えは出ない。
 そしてこのガキ自身はどう思っているのかわからないが、呼び出しには仕事中でない限りすんなり応じるし、向こうから電話がかかってくることもある。
 案外メシだけが目当てだったのかとふと思った。
 不機嫌そうにそっぽを向いてしまったものの、立ち去ろうとはしない神志名を見て黒崎が苦笑した。
「案外人がいいんだよな、あんた」
「案外は余計だ」
 それにしてもよく食うな、と神志名がさらに追加を頼もうといそいそメニューを開く黒崎に呆れたように呟く。
「その分情報ははずむって」
「情報? 何のだ」
 思わず身を乗り出す神志名に黒崎も声を顰めた。
「……俺の」
「お前の?」
 さらに乗り出す神志名の顔に自分も顔を寄せ、色素の薄い瞳を覗き込んで囁く。
「―――カラダ」
「ばっ……!」
 真っ赤になって怒鳴りかけ、慌てて口元を覆った神志名に黒崎はにひひ、とチェシャ猫のように笑った。
 神志名はじろりとその顔を睨みつけ、テーブルの煙草と伝票を掴むと急に立ち上がった。
「お、おい?」
 慌てる黒崎を厳しい目で睨みつける。
「追加分の相手は誰か他の奴に頼め」
「え?」
「俺はそういうつもりでお前にメシを奢ってるわけじゃない」
「じゃ、何でだよ」
「―――お前がガキだからだ」
 問い返した黒崎をもう一度睨みつけて、神志名は背を向けた。
 黒崎はもう呼び止めなかった。


「何だよ……ちょっとふざけただけだったのに」
 黒崎は神志名が消えた席を見やって呟いた。
 残っているのはおかわり自由のコーヒーだけ―――たっぷりとミルクを入れて口に運ぶが、ひどく苦くて思わず顔を顰めた。 
「何だよ―――」
 カップを覗き込むようにしてもう一度呟く。
 神志名がそんなつもりだなんて思ってたわけじゃないのに。
 やがて黒崎は立ち上がり、店を後にした。


 マンションに戻りスーツを脱いでいた神志名は、携帯電話の着信音に眉を顰めた。
 こんな時間にかかってくるのはろくな電話ではない。
「こら、邪魔するな」
 ご主人の帰還にはしゃいで足元にまとわりつく愛犬を叱り、ベッドに放り出してあった携帯電話を取った神志名は発信番号を見てさらに眉間の皺を深くした。
「…………もしもし?」
 しばらく待っても切れる気配がないので、渋々と耳に当てる。
『俺だけど……』
「何の用だ?」
 ネクタイを引き抜きながら思い切り不機嫌な声で応じた。
『――――――』
 電話の向こうからは沈黙だけが聞こえてくる。
「おい、用事がないなら切―――」
『―――さっきはごめん』
 意外な言葉に思わず携帯電話を耳から離して見つめてしまった。
「……何だって?」
『だから……ごめん。ふざけすぎた。あんたが俺を金で買ってるつもりだなんて思ってないよ』
「当たり前だ」
 どっかりとベッドに腰をおろす。
 電話の向こうで相手が萎縮する気配がする。
 間を置いて、神志名は答えてやった。
「だいいち、お前の方が俺よりよっぽど金持ちだろうが」
『―――え?』
 呆気に取られた声。
 そのままベッドに仰向けになった神志名の横に、愛犬がひらりと飛び乗ってきた。
 怒る前に顔を舐めまわされてくすぐったくて、普段なら言えないような言葉が口をついて出た。
「ガキの冗談に本気になった俺の方が大人気なかったんだ。気にするな」
『――――――』
 黒崎がしばし絶句する気配。
『―――あんた、悪いモノでも食ったのか?』
「切るぞ」
 神志名のもともと持ち合わせの少ない忍耐が品切れになる。
『わー、待った待った! 悪かったって!』
 ふん、と神志名は鼻を鳴らした。
「用はそれだけか? ならもう」
『―――今、下に来てるんだけど』
 愛犬の首を撫でてやっていた神志名の手が止まる。
「下?」
『うん……オートロック開けてくんない?』
 神志名は立ち上がり、窓に近寄るとカーテンを開けた。
 確かに下の道路に小さな黒い影が見える。
「……言っておくが冷蔵庫にはたいしたものはないぞ」
『いいよ』
 かすかに笑みを含んだ声。
「待ってろ、今開ける」
 電話を切った神志名は、来客がわかるのか嬉しそうな愛犬に思わず笑った。
「明日の朝飯はお前に分けてもらわなきゃならんかもな」
 それでもいいよというふうに、犬はオートロックを解除する神志名の足に頭をこすりつけた。

*何が書きたかったんだか自分でもよくわかりません……でも神志名に奢られる黒埼が書きたかったんだな(笑)。つかただのラブラブデートじゃん……!


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