Non Title

 ほぼふたり同時に達して、黒崎はそのままほとんど気を失うようにしてシーツの上に倒れこんだ。
 同じように黒崎の上に倒れこんできた神志名の熱い体が背中に触れて、火傷しそうだ、と思った。
 だがすぐさま神志名は身を起こし、ベッドを降りる。
 達したあとの火照る肌に突然冷たい空気が触れて、黒崎はぶるりと身を震わせた。
 だがもう神志名は黒崎には目もくれず、いつものようにバスルームへ消える。
 朝まで一緒に過ごすなどもちろん冗談ではないが、終わった後の余韻すらない。
 これじゃ俺はまるで商売女だ、と黒崎は胸の奥で自嘲した。
 確かに金こそ受け取っていないが、ホテル代は向こう持ちだから案外神志名はそのつもりなのかもしれない。
 相手が男でしかも詐欺師では万が一発覚すればキャリアの将来など木っ端微塵だというのに、この男はその時はそのときと思っている節がある。
 破滅願望とは少し違う。
 危ない火遊びに快感を覚えるタチでもない。
 危うい綱渡り―――敢えて困難な道を選び、それを乗り越えることを自分に課している。
 そう、課しているのだ。
 俺と同じように―――そう思って、黒崎は何となく顔を顰めた。
 そのときバスルームのドアが開く音がして、慌てて壁の方を向き寝入った振りをする。
 神志名はちらりとその背中に目をやっただけで、手早くスーツを着込んだ。
 もう真夜中を回っているのに、ネクタイも喉元まできちんと締める。
 見えているわけではないが気配でわかって、情事の後であることを自分にさえ忘れさせようとしているようだと黒崎は胸につかえるものを覚えた。
 それがまた胸を苛立たせる。
 俺は、いったいこいつとどうしたいんだろう―――。
「おい」
 小さく声をかけられてどきりとするが、動かずに気配だけ探る。
「次の約束だが……」
 神志名が次、などと言い出したのは初めてで、思わず息を詰める。
 この関係は大抵、どちらかが気が向いた時に携帯に連絡を入れて、もう一方が都合のいい日時を答えるだけのもので、次を約束したことなど一度もなかった。
 神志名が何と続けるのか息を詰めて待っていると、小さなため息が床に落ちるのが聞こえた。
「……いや、何でもない」
 そう言うだろうと思っていた。
 だが同時にひどく傷ついて涙ぐみそうになっている自分に驚く。
 馬鹿みたいだ、と思ったが返す言葉もなくて寝入った振りをするしかなかった。
「……寝てるのか?」
 小さな声。 寝たふりくらい気づいているだろうに。
 それとも寝ていたことにしてほしいのか。
 今の言葉を、聞かなかったことに―――そのとき、神志名が歩み寄ってくる気配がして慌てて目を閉じる。
 だが神志名は動かない。
 俺を、殺したいのかな―――と胸の内で自嘲したとき、指先がそっと、額に触れた。
 やさしいとさえ呼べる手つきで、普段は前髪で隠れている傷跡をなぞる。
 神志名が手錠でいきなり殴りつけた時に切った傷だ。
 あのときは、キャリアのくせして狂犬のような男だと思ったが、いまの手つきは年老いた飼い犬をいたわるようにやさしかった。
 最初は動くに動けず焦っていた黒崎だが、やがてその指のやさしさに夢見心地になり、くう、と猫のように喉を鳴らした。
 神志名がはっとして指を引く。
 彼が戸惑いながら見下ろしている気配がしたが黒崎は動かず、やがて神志名はそのまま部屋を出て行った。
 部屋に沈黙が落ちる。
 10数えてから黒崎はゆっくりとベッドに起き上がり、神志名が消えたドアを見やった。
 彼が撫でた額の傷跡をそっとなぞる。
「調子狂うだろ、まったく……」 
 そう言う自分の頬が火照っているのを、黒崎は自覚していた。

*超ショートショート。ラブな二人もいいけど最初はやっぱこんな感じかなと。


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